1990年代前半に日本に紹介されたSAQトレーニング。特にラダーやハードルなどの器具を使ったトレーニングが脚光を浴び、瞬く間に全国に普及しました。器具を使ったトレーニングは、様々な競技の特性に合わせてアレンジが可能であり、陸上競技、球技、格闘技など幅広いスポーツで活用されています。また、楽しみながらトレーニングできることから、ジュニア期の「遊び」の一環としても取り入れることができます。
今回は、器具を使ったトレーニングのポイントや、器具を有効に活用するためのヒントについて、日本SAQ協会主催「第10回ジュニア指導者クリニック」のために来日しているスコット・フェルプス氏に話を伺いました。

様々な刺激を与える

以前紹介した「特異性の原則」にもあったように、体はトレーニングによって与えられた刺激(負荷)に反応し、その刺激に見合った適応を示します。(ディスパッチVol.95 2015年3月号参照)
トレーニング器具を使う目的について、フェルプス氏が一番に挙げたのが、「トレーニング器具を使うことで体に様々な刺激を与えることができる」ということでした。それぞれのトレーニング器具が持つ特徴によって体に様々な刺激を与え、体をトレーニングに適応させるツールとして活用することができるのです。
さらにフェルプス氏は続けて、「この適応とは、トレーニングしたようにしか現れない。つまり、器具を使ったトレーニングが目標とするパフォーマンスと関連しているのか、そしてそれが成果として現れているのかを指導者は評価しなければいけません」と答えてくれました。トレーニング器具は、体に様々な刺激を与えることができますが、ただ使えば効果があるものではなく、そのトレーニングを通してどのような適応が引き起こされるのか、またそのトレーニングを行うことで目標とするパフォーマンスにどれほど近づいているのかを評価する必要があると言えます。

段階的なトレーニングを行う

前述したように、トレーニング効果はトレーニングしたようにしか高まりません。つまり、正しい姿勢や体のバランスを意識せずにトレーニングを繰り返してしまうと、その動きに体が適応してしまい、結果的には悪い姿勢での動きやバランスの悪い動きが身についてしまいます。正しい姿勢や接地などの基本的な動作を正しく習得するためにも、トレーニングは段階的に進めていく必要があるとフェルプス氏は語ります。簡単な種目から難しい種目へ、ゆっくりとしたスピードから速いスピードへ、つまり「漸進性の原則」を理解し実践することも重要です。(ディスパッチVol.89 2014年9月号参照)
例えば、ジャンプトレーニングの場合、まずは正しい姿勢や接地の方法を学習させるために、 両足でのその場ジャンプから始め、 片足でのその場ジャンプ、 両足での左右ジャンプ、 片足での左右ジャンプと変化させたり、スティックラダーからマイクロハードル、ミニハードルと高さに変化をつけ、選手の能力に合わせた負荷のコントロールを行います。また、ランニング動作でも、ラダーでは接地やピッチの学習、ハードルでは股関節の動作やストライドの学習など、トレーニングの目的や選手の伸ばしたい能力によって使い分けを行います。

jump

トレーニングの成果を評価する

トレーニングを始める前にも、トレーニングを行った後にも、「評価」をすることが重要です。評価の方法には、フィジカルテストのように客観的な数値として測定する方法や、現場のコーチの経験や勘に基づいた主観的な評価方法などがあります。いずれにせよ、その評価に基づいて「どのような改善が必要なのか」、「どのようなトレーニングが必要なのか」を考えなければなりません。フェルプス氏は、フィジカルテストの数値より、むしろ実際の試合やトレーニング中の選手の動きを見ることでトレーニングの成果を評価するようです。「フィジカルテストはあらかじめ動く方向が決まっているので、テストのためのトレーニングが可能です。しかし実際の試合は、常に何が起こるか分からない状況下なので、テストでは測れない部分が多い。私の場合は、実際の競技につながるようなトレーニングを行った結果、フィジカルテストの成績も良くなったという選手が多いです」とその理由を解説していただきました。トレーニングによる体の適応が実際のパフォーマンスで発揮されているか、また、段階的に行っているトレーニングが実際の競技の動きにつながっているかなどを評価することが大切なのではないでしょうか。

トレーニング器具は様々な種類があり、それぞれの器具や使い方によって数多くのドリルが存在します。トレーニング器具は刺激のバリエーションとして、体に様々な刺激を与えるツールとして有効活用できることがわかりました。また、器具を使ったトレーニングには、トレーニングに欠かせない「楽しさ」の要素も多く含まれています。「ジュニア選手はトレーニング器具をとても楽しんで使っています。どのようなトレーニング器具に興味があるのか、どのような動作が得意なのかなど、トレーニング器具を使った遊びの中で選手たちの特徴や興味関心を知ることができるのです」とフェルプス氏自身も語る通り、トレーニング器具を「選手を知るツール」としても活用しているようです。


scott
スコット・フェルプス
スピードクエスト社代表
日本SAQ協会テクニカルアドバイザー
現役時代は白人最速のスプリンターとして活躍。故障を原因にトレーニングコーチに転身。NBAやNFLなどのトップアスリートのスピードトレーニングコーチとして活躍し、現在は高校生や中学生などのジュニアアスリートの育成に尽力している。