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伊東 浩司 (いとう・こうじ)
1970年生まれ。兵庫県出身。
100m、200m日本記録保持者 |
■ケガに悩まされず全力が発揮できる
それが今の自分の原点になっている
1998年10月2日、日本選手権で200m20秒16の日本・アジア新記録を樹立し、続く4日の100mでも10秒08の日本タイ記録をマークした伊東浩司選手。合理的なリハビリ体験から自分なりに工夫した科学的トレーニングを行うようになって眠っていた素質が開花した。より速く走るために、トレーニングに対してどのような視点を持てばいいのか、世界で勝負していくためにはどんな心構えが必要なのか、自らケガに泣かされた学生時代を送った伊東選手が、その体験をもとに語る。
−特に狙っていたわけではないが9月から調子は上がっていた
200mの日本新を出した時は、本当は400mに出るつもりだったんです。僕は常に、100、200、400のスプリント三種目の全てに対応できるトレーニングをこなしています。その中で、今回は400で行こうと思っていたのですが、9月に入ってから、特に100で良い感じで走れるようになっていました。自分のイメージの中での走りと実際の走りとが一致する感じですね。上体のブレが少なくなって、フォームが安定した感じになってきたし、トレーニングをしても翌日に筋肉のハリが残らなくて、身体がいい循環をしているような感じが持てたんです。とりわけ、実際に走っていて120〜130m位のところが良い感じだなと実感できるようになりました。
そこで、今回は400よりも200だったら自分のベストに近い記録で走れるんじゃないかと直感しました。だから大会の4日前にレースのエントリーを変更したんです。走る前には、20秒03〜04あたりで気持ち良く走れればいいなと思っていました。
−大学4年までは自律心のない選手、ケガをきっかけに合理的な取り組み
僕も大学4年までは、指導者の言うことだけに従う、よくあるタイプの運動部の選手でした。勿論そこには、合理的なトレーニングやコンディショニングなどはありませんから、常にケガの連続でした。自分の大学時代までの記憶は、ケガとの戦いばかりです。常にどこかが痛かったり、一つのケガがある程度治っていても、次のケガが心配だったりして、競技に心底全力を投じたという感覚が持てなかったほどでした。
大学4年の関東インカレで、またそれまでと同じように肉離れをしていました。今思えば、コンディショニングもメチャクチャでしたし、大腿四頭筋とハムストリングスの筋バランスなども考えたことがありませんでしたから、当然の結果です。ここで今まで通りの道をたどって復帰しようとしていたら、多分、今の僕はなかったでしょう。しかし僕は何かを変えたくて、以前からその視点や手法に興味のあったクレーマーの外園さんを訪ねました。
ストレッチングの理論的裏付けすら知らなかった僕に対し、クレーマーのスタッフが行ってくれた治療、リハビリは一つ一つ利にかなっていて、目から鱗が落ちる思いがしました。「治療という消極的なイメージではなく、リハビリでより強くなっていくというイメージを持て」という外園さんの言葉が忘れられません。実際、言われたように努力すると、体が思うように動くようになっていきました。
2ヶ月後に次の大会が迫っていました。これまでなら、肉離れをして次の大会が2ヶ月後というと、回復がままならずとても焦ってしまうところです。しかし、クレーマーでのリハビリは実に的確で、僕はとてもいい状態でその大会に復帰できました。この経験が、僕を合理的トレーニング、科学的コンディショニングに目覚めさせてくれたと言っていいでしょう。
−世界で勝負できる選手になるには自分の頭で考えることが重要だ
僕がこうして日本記録を更新できるような立場に立てたのも、あのリハビリ経験から合理的、科学的な取り組みができるようになったからと信じています。今でもまだ、スポーツのトレーニングは経験主義中心で、そのトレーニングが何にどう役立つかなどを考えずに惰性で体を動かしていることが多いように感じます。そのような取り組み方は、あのリハビリ経験前の僕と同じといえます。
あえて苦言を申し上げるなら、今のスプリントのトレーニングでは、アップから始まって基礎トレーニング、技術トレーニングの全てが、実戦的な走りに結びついていると言い難い部分があります。腿上げ一つをとっても、脚の上げ方、下ろし方がどのような形になることが最も好ましいのか、考えながら実施しているでしょうか。
確かに従来のトレーニングでも、それなりに効果が期待できます。一生懸命トレーニングすれば、多分、100mなら10秒03くらいまでなら出せるでしょう。それで満足するならそれも人生です。しかし、それ以上の記録を出し、世界で勝負しようとするなら、もっと頭を使って工夫しなければならないでしょう。自分の動きを分析し、より速くなるためには何が必要で、そのためにどのような点を、どのような方法で改善していけばいいのか。
人に言われるがまま、つまり他力本願では絶対に世界レベルで勝負できません。今、どの種目でも日本のトップに出てきている人は、自分の頭で考えられる人間です。高校生ではまだ知識や情報が限られていますから、何をどう工夫すればいいのか、わからないという部分もあるでしょう。それはある部分仕方がないのですが、ただ、人の言うがままではなく、自分の頭で考えるという習慣をつけておくことは大切です。
−自分の体がどこまで改善できるか、その限界に挑戦していきたい
今の目標をと聞かれれば、とりあえずはシドニーオリンピックということになります。しかし、僕は今、自分の中にまだ未開発な部分があるように感じています。とにかくクレーマーの人たちと知り合ってから、記録は伸びる一方なんですから・・・。もっと工夫と努力を重ねれば、より高いレベルに手が届くような気がするんです。
アトランタの時は、準決勝で終わりましたが、今考えてみれば、「準決勝に残りたい」という意識が強く、その先には考えが及ばなかった感じです。しかし今なら、「うまくやれば決勝に残れるかもしれない」と感じています。昔は黒人選手を見ただけで一歩引くようなところがありましたが、いまは「逆立ちしても勝てないようなすごいヤツはほんの一握り」と実感しています。後は、自分のやり方一つで勝てるんだと。
僕は、自分のコンディションさえベストならどんな強豪と走ってもいいレースができる自信があります。今はむしろ、外人と勝負する中で自分を磨いていきたいと思っています。日本国内なら大抵の選手の走り方を知っていますし、自分が先頭に立たねばならない。しかし外国で走ればとんでもないレース展開の選手も出てくるし、いろいろな駆け引きのバリエーションが経験できる。そこで頭を使って鍛えていけば、絶対勝てる力が身に付くと信じています。もちろん、その第一歩は、ケガをしない合理的な体づくりにあります。
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