国立スポーツ科学センター 菅生 貴之
お待たせしました。今回からようやく具体的な技法の説明です。今回のテーマは「自分を知る」です。自分の心を知るための方法について今回から何回か続けて話を進めていこうと思います。
筋力や持久力を向上させるためにトレーニングを行うときは、正しい負荷を与えるためにまずは体力測定を行って、自分の体力の評価をすると思います。適度な負荷を与えないと疲労感がばかりが残ってしまい思ったようなトレーニング効果が得られないばかりか、へたをすると怪我につながるなど、多くのトラブルが発生します。
スポーツメンタルトレーニングはその名のとおり心を対象とした「トレーニング」ですから、そのような最初の測定は体力トレーニングと同じように重要です。心も体と同じで、正しい評価をしながら継続してトレーニングをすることではじめて効果が現れるのです。
心を捉えるための考え方はいくつかありますが、まずは単純に2つの見方を確認しておきましょう。
その見方は心理的な「特性」と「状態」という考え方です。
「特性」というのはある程度一貫した個人のパーソナリティ傾向のことです。広くとらえれば「性格」とか「人格」みたいなものも含みますが、スポーツメンタルトレーニングではそこまで深く扱うことはあまりありません。「特性」は日々変動するような種類のものではなく、現時点で持っている心理的な個性、といえるでしょう。ですから「特性」の評価はそんなに頻繁に(たとえば毎週、毎月など)行うものではありません。
特性に対するもうひとつの見方は「状態」です。「状態」は日々刻々と変動する心のありようです。気分(Mood)というと少しわかりやすいでしょうか?「状態」は一日どころか何か物事が起きるとそれに伴って激しく変化します。いいことがあるとそれまでの嫌なことは全て忘れてしまい元気になったりしますね。いやなことがあったらさっきまでの気分が台無し、ということもよく感じられるでしょう。「状態」の変化は毎日、毎週のように細かくチェックしていくことが大事です。特にメンタルトレーニングを始めた最初の段階では、チェックリストや心理検査などで細かくチェックしていくことが必要になります。
心を知るためには質問紙(心理検査)が用いられます。ここではスポーツメンタルトレーニングで用いられる代表的なものを紹介いたします。これらの心理検査はすべて著作物で、販売元から購入して使うものです。コピーして使ったりすると法律に触れるものもありますので、利用される場合には注意してください。
(1) 「特性」を捉えるための心理検査
- DIPCA.3(心理的競技能力診断検査)
- TSMI(体協スポーツモチベーション検査)
- Y-G性格検査
1 と 2 はスポーツ選手用に作られた心理検査です。特に 1. DIPCA.3は国立スポーツ科学センターの心理チェックでも用いられています。忍耐力、闘争心、集中力、自己コントロール能力、判断力、協調性など、スポーツに必要とされる12の心理的尺度から構成されていて、それぞれが20点満点で得点化されます。Y-G性格検査は一般的な心理検査でスポーツ選手用に特化したものではありません。しかし、選手の個性の理解には役立つでしょう。
どれも有料で販売していますので、使用される方は購入してください。(末尾に連絡先を記してあります。)
(2)
「状態」知るための心理検査
- POMS(気分プロフィール検査)
- 気分チェック調査票
- SAI(状態不安検査)
- PCI(心理的コンディション診断テスト)
1 のPOMSは合宿中やトレーニング期間中の心の状態を捉えるためによく用いられています。抑うつ、敵意、活気などの尺度で心理的状態を診断します。2
の気分チェック調査票は国立スポーツ科学センターの心理チェックで使っています。感情状態を、質問紙に回答するのではなく、直接一本の線の上に表現するというものです。大変簡単にプロフィールを示すことができます。興味のある方は「体育の科学」(杏林書院: http://www.kyorin-shoin.co.jp/)という雑誌の第52巻3月号に早稲田大学の竹中晃二先生が執筆されているので、是非見てみてください。
心理検査によって得られる「こころの得点」は選手のこころの特性、状態を理解するのにとても有効です。特性を知ることで、その人にあったメンタルトレーニング方法を選ぶための資料になるでしょう。また心理的な状態を続けて観察していくことで、選手の心の変化を概略的につかむことができるので、コーチングをする上で助けになってくれるでしょう。
しかし、心理検査の結果を過信してしまうことは大変危険です。心理検査は選手の自分に対する考え方が反映されるものであり、何かの評価基準とする(例えばA選手よりもB選手の方がよい、など)ような使い方には特に注意が必要です。心理検査は一人の選手の変化を続けてみていくほうがその特徴を生かすことができると思います。単純に得点だけをみて、他の選手と比較するのは注意が必要です。
また、心理検査の結果がよくないからといってすぐに「精神異常」のように捉えてはいけません。選手のパフォーマンスなどもよく観察し、いろいろと話合いをかさねながら総合的に判断をすることを心がけましょう。心理検査の結果よりも、指導者と選手とのコミュニケーションを十分に取ることのほうがずっと重要であることはいうまでもありませんね。
心理検査は競技者のこころの大枠をつかむためにとても有効です。しかし、例えばイメージトレーニングを行うための題材を作るときなどは、もう少しこころを深く掘り下げていく作業が必要になります。
そのための方法として、「ピークパフォーマンス分析」という方法があります。次回からはピークパフーマンス分析について考えていきましょう。
※心理検査の販売元一覧
第1回 メンタルトレーニングとスポーツ心理学
第2回 メンタルトレーニング事始め
第3回 自分を知ろう −その1 心理検査で自分を知る−
第4回 自分を知ろう −その2 「ゾーン」とは?−
第5回 自分を知ろう −その3 ピークパフォーマンスを振り返る(試合編)−
第6回 自分を知ろう −その4 ピークパフォーマンスを振り返る(練習編)−
第7回 自分を知ろう −その5 自分の「ゾーン」を知る−
第8回 見えない「こころ」にものさしを −その1 練習日誌−
第9回 見えない「こころ」にものさしを −その2 セルフ・モニタリング−
<参考文献>
- スポーツメンタルトレーニング教本
大修館書店、2002年、日本スポーツ心理学会 編
- 運動と精神的疲労〜「悪玉」,「善玉」としての疲労感〜 「体育の科学」52-3
杏林書院、2002年、竹中晃二
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